サガシモノⅠ カクラニキの怪鳥

下記の情報を求めています。ご協力ください。

 

小学生の頃、学校からの帰り道にナンだかヘンなものを拾った。

夕立もいよいよ強まり、ボンヤリと薄れゆく通学路を私はひとり帰途についていた。ある十字路に差し掛かったとき、私はどうにも妙な心持ちになった。ほんとうであれば左に曲がって迂回するのが学校が定めた道程であった。目の前の狭い路地を直進するのが近道ではあったが、その道にはそれを阻む原因が存在したからである。路地を形成する右手の建物が、いまにも崩れ落ちようとするオンボロ屋敷だったのだ。当時わたしたちがオンボロ屋敷と呼んでいたそれは、十数年前に火災によって焼失した大きな醸造所跡であった。そんなことだから学校側が迂回路を設けるまでもなく、誰もその道を通過しようなぞとは思いもよらなかったのであるが、その日のわたしは、きっと魔が差したのだ。黄昏時の夕立がある種の魔力を醸し、生来真面目であった私の心を惑わしそこから恐怖心を拭い去ったに違いない。私はある光景に目を奪われていた。屋敷の焼け残ったトタン屋根からは、一条の落水が続いていた。その落下点に滝行でもするかの様なかたちで、一塊の人形が横たわっている。すこし遠くからそれを発見した私はしばらくその場から動かず観察を続けていたが、決心したように傘の柄をぎゅっと握りしめ、禁止された路地に足を踏み入れた。人形のそばまで歩み寄った。鳥だ。妙な形をしているが、私には鳥だと思えた。一見死骸のようにも見えたが、そっとつまみ上げてみると(何故そんな悍ましいことができたのだろう?)、馴染みのある感触を覚えた。最近ではトンと見なくなってしまったけれど、当時はよくそれで遊んでいたものだからすぐにピンときた。ソフビ人形だ。私はなんだかこの拾得物に心を奪われ、そのまま家へ持ち帰った。

 家へ着くと、私はすぐにこの戦利品を祖母に自慢した。すると祖母は顔を歪めて、意外な反応を示した。

「あんた、それ、じいちゃんの部屋から盗ってきたんやないの?勝手に入ったらあかん言うてんのに」

私は慌てて事情を話した。すると祖母はさらにしかめっ面をして

「おかしな話しやな。じいちゃんの部屋にあった鳥のミイラと一緒やで。もお、あの気持ちの悪い」

生前の祖父は好事家で趣味の多い人物であったが、晩年は鳥類の研究に没頭していたらしい。祖父の書斎は気難しい本やら生き物の標本やらでごった返していたが、その大半が鳥類学によって占拠されていた。祖父亡き後も書斎はそのままで、私はときどき忍び込んでは、その悪魔的鳥籠に潜伏するという妙な背徳感を楽しんでいた。しかしそこに祖母の言うようなミイラはなかった。すると祖母が捨ててしまったのだろうか。なんにせよ私は人形を拾ってきたつもりだったが、祖母にそんな話しをされると、急にそれが気味の悪い奇形の生き物に思われてきて、たちまちぞっとしてしまった。だからその日のうちに、祖母に付き添ってもらって、その鳥のミイラかなんだか分からないものをもとあった場所まで帰しに行ったのだった。

 実はこの出来事は、私は長い間夢の記憶だと思っていた。あまりにふわふわとしているからである。今でもそんな気がしてならないのだが、これが現実だという証拠を数年前に発見したのだ。以前家の蔵を取り壊すことになった際、中のものを整理していると、埃を被った古い書籍が何冊か出てきた。そのなかに『アガンスキの鳥類学全典』(だったと思う)というかなりずっしりした事典があった。薄暗がりの中で何となしにページを手繰っていると、ある頁にさしかかったとき、「…あれ?」と、なんだか妙な記憶が蘇った。鳥だ。あの時拾った鳥はこれではなかったかしら。その事典には全項目ごとに鳥のイラストが掲げられており、私の目を引いたイラストはまさしくあの時の記憶を鮮明に蘇らせるほどに一致していたのだ。いまいちど確認できないのは、その本の行方がわからなくなってしまったからだ。馬鹿なことに私はその本をとりあえず整理品の箱の中へ突っ込んでしまったために、もしかすると処分されてしまっているかもしれない。これは大変な落ち度である。

さて、そこでみなさんにご協力を仰ぎたいのは、この鳥の存在の有無についてである。『アガンスキの鳥類学全典』には愛すべき特徴がひとつあって、それが今回のややこしさの原因でもあるのだが、この著書、フィクションの鳥類も網羅してしまっているらしいのだ。その証拠に、ロシアの火の鳥、姑獲鳥、不死鳥、閑古鳥、八咫烏などの怪しい項目も確かに存在していた。私は空想の鳥のミイラを拾い上げたのだろうか。「カクラニキの怪鳥」といったかな。 どなたかこの鳥について、もしくは『アガンスキの――』について情報をお持ちの方は、当ブログにご一報願います。

 

蔵で見た記憶より

カクラニキの怪鳥(L'oiseau soupçonneux de Kaqlounique)

・碧い目

・蝙蝠様の翼

・ニコチンを好む

・止まり木は柏

・憂鬱症

・よく眠る

・ときどきラテン語を喋る

・雌雄の区別がない(ように思われる)

・17世紀のタタール地方の文献に記述がみられる

・あなたの誕生日を知っている